特別寄稿:2013「國際環台超級馬拉松賽」 INTERNATIONAL TOUR DE TAIWAN ULTRA-MARATHON @田 處 壱 久

2013「國際環台超級馬拉松賽」

INTERNATIONAL TOUR DE TAIWAN ULTRA-MARATHON

3月30日~4月12日 ゼッケンナンバー「11」 田 處 壱 久

 

この大会のことを知ったのは昨年の11月下旬だった。

東京の井上さんから案内メールが届き「参加しませんか」ということで、JIA(日本ウルトラランナーズ協会)を通じて申し込みをしてくれるということでした。

大会日程は3月30日~4月12日で、すでにエントリーしている「さくら道ネイチャーラン」の直前である。

どちらの大会にも行きたいけど、あまりにも開催時期が近すぎて両方とも参加するのは無理なような気がした。

すでにネイチャーランはエントリー済みである。

しかし台湾の大会は第1回大会で、今回を逃すと今後参加できるかどうかわからない。

参加したい気持ちが日に日に高まっていった。

そして12月上旬に台湾一周に参加することに決めてエントリーした。

ネイチャーランの方は出場辞退せずにそのままにしておいた。

大会要項をみると台湾一周は1100Kmで、1日平均80Kmを14日間毎日走らなければならない。

スタートは台北、それから時計回りで一周して再び台北に戻ってくるというものです。

ネットでコース図を見ると、やや内陸部に入ることもあるが、ほぼ外周を回るコースです。

こういった毎日走るステージレースは全くの初めてで、調整方法もわからない。

まだ大会まで時間があるのでしばらくは普段通りに過ごすことにした。

ところが11月の大阪マラソンを終わってから右膝が痛く、12月はほとんど走れなかった。

1月になってから走り始め、それから走る距離を徐々に伸ばしていった。

この大会には関西からコノチャンとNAMIさんが一緒に参加することになっており、海外大会の経験豊富なお二人と一緒だととても心強い。

そうこうしているうちに3月に入って大会が近づいてきたが、特に変わったこともなく普段と同じ生活が続いている。

3月に入り、コノチャンが家庭の事情で欠場することになりNAMIさんと二人で参加することになった。

関東からは井上君と沖山裕子さん、そしてゲストとして関家さんが6日目から部分参加する。

 

「関空から台北へ」
大会は日に日に近づいてきて準備もでき、328日の朝に関空から台湾の台北に向かった。
もちろんNAMIさんと一緒である。

自分は英語も中国語も全くといっていいほどできないので、NAMIさんに頼りきりである。
台北桃園空港に着くとNAMIさんの知り合いであり、今回の大会にも参加している陳錦輝さんの奥様が迎えに来てくれた。
奥様の車で今晩の宿、夜市で有名な士林に近い「剣澤青年活動中心」へ入った。
建物や部屋は一般ホテルとほとんど同じで、日本でいう公共の宿といった感じのホテルです。
 
このホテルには2006年の「24時間走世界大会」の時に三泊したことがあるので、とても懐かしい思いだった。
その夜は陳さんご夫妻の案内で台湾料理をごちそうになりました。
 
フランスや韓国の人と一緒でしたが、陳さんや皆さんが英語で楽しそう話していた。
一緒になって話ができないのは寂しいですが、喋れないのでしかたがない。

「大会前日」
大会前日の29日は朝からスタート、ゴール会場となる東呉大学へ行った。
ホテルから会場まで5Kmくらいなので、タクシーは使わず街並みを見ながら歩いたが、それほど遠く感じなかった。
東呉大学は2009年12月、「東呉大学24時間走」で大学のトラックを走ったので懐かしく感じた。
  
午前中は選手受付やレースミーティング、午後は開会式などがあり、朝の9時半から夕方までかかった。
ミーティングでは大会の趣旨、注意事項などこと細かい説明があり、ゼッケンやビブス、参加賞のバッグやTシャツなどの配布がありました。
 
このレースに参加するランナーはそれぞれがGPS端末を持って走る。
選手個人のスタートからゴールまでの正確な記録はもちろんのこと、そのランナーの現在位置や現在のスピードなどが大会本部で常時把握できるようになっています。
その選手がコースミスをしてもGPS端末でランナーの位置を確認しながら迎えに来てくれるということで安心しました。
言葉は英語と中国語ですが、付き添ってくれた東呉大学の学生が通訳をしてくれたので不自由はありませんでした。
午後の開会式はとても盛大で主催者や来賓、スポンサー各社の挨拶があり、マスコミ関係者も多く来ていた。
 
慣れない外国での長時間の行事で疲れたのと明日からのレースのことを考えて、早めの夕食を食べて休むことにした。
夕食は、NAMIさんと二人でホテル近くの台湾料理の店で、料理の写真を見ながらに適当に注文した。


「第1日目」330日 74Km
ホテルからタクシーで東呉大学へ向かいました。
東呉大学のグランドからのスタートです。
選手受付で携帯電話くらいのGPSを渡され、ウエストポーチに入れました。
スタート前に1時間くらいのセレモニーがあり、その間に着替えたり写真を撮ったりしながらスタート時間を待った。
 
400mトラックを一周してからロードに出ます。
このトラックは「東呉24時間走」を走ったので思い出がいっぱいです。
スタートは8時で第1日目の距離は74Kmで、台湾1周の参加者は60人弱ですが、1日だけ参加のランナーや2日、また3日参加のランナーも一緒にスタートします。
第1日目は200人くらいだった思います。
スタートセレモニーも終わり、いよいよスタートです。
スタートはピストルの合図で大会が始まりました。
 
ランナー全員が、ゆっくりトラックを1周した後ロードに出ました。
そして公園の中に入り、1Kmくらいから河川敷のサイクリングコースに入りました。
天気は曇っていたのですが、向かい風が強くてとても蒸し暑い。
15Km
近くまでサイクリングコースを走り、それから国道2号線に出ました。
 
車の通行量も多く、大型トレーラーやバスがスピードを上げて走っています。
軽いアップダウンはあったものの飛ばしすぎないように抑え気味で走った。
30Kmくらいから小雨が降り出し、その後は降ったり止んだりがゴールまで続きました。
中間点あたりのエイドでGPSの交換がありました。
GPSの交換は毎日、その日中間点前後のエイドでありましたが、バッテリー使用時間の関係だそうです。
雨に濡れても寒さはそれほど感じず、太陽が出て気温が上がるより走りやすかったかも知れません。
後半は単調な海岸線が多かったですが、全く知らなかった外国の土地をこうして走れるってほんとうに幸せです。
マスコミ等で周知されているのか、沿道や車からの応援も多く「加油(ジャイオー)!」と何回も声をかけてくれました。
終盤は基隆市街地の中に入って行き、アップダウンが多くて道幅も狭くなりました。
ゴールは基隆市文化センター前で雨がだいぶ降っていました。
記録は7時間2554秒、8番目のゴールでした。

距離は74Kmとなっていますが、それより少し長かったようです。
その後も書かれている距離より2~3Km長かった日が多く、もっと長かった日もあったようです。

宿泊はゴール地点から300mくらい離れた中規模のホテルで、NAMIさんと同室でした。
ホテルに入ると自分の荷物はすでにホテルに届いていました。
部屋に入り、まずはシャワーを浴びて、それから洗濯をします。
 
これは最終日までほぼ同じで、他のランナーも同様だったと思います。
夕食は市内で自由に食べることができ、台湾ランナーの誘いで台湾料理を食べに行きました。
 
きれいとはいえませんが、とても美味しかったです。
もちろん台湾ビールもしっかりいただきました。

「第2日目」 3月31日 81.5Km
昨夜からずーっと雨が降り続いています。
隣の建物の雨どいからか、一晩中雨の音が聞こえていました。
朝食は、箱の中にパンと飲み物が入ったのが配られましたが、その後の朝食も、このようなものであったり、バイキングだったりでした。

自分としては食べに行くよりこうして配られた方がよかったです。
その方が朝の時間に余裕も出来たし、その量も十分でした。
当日の選手確認が5時半、そこでGPSを渡されてスタートは6時です。
雨が降っていたのでスタートまではテントの下で待っていました。
雨が降っていることもありまだ夜が明けていません。
スタートのピストルが鳴ってからテントを出てスタートしましたが、ビニールカッパを着たままです。
しばらくは沖山さんと前後して走りました。
ビニールカッパは5Kmくらいで脱ぎ、ウエストポーチのベルトに挟みました。
前半は、雨が降り続き小雨になったり大粒になったりしました。
後半になり降ったり止んだりに変わりましたが、カッパはゴールまで着ませんでした。
この日のコースは、国道2号線を南下して終盤は9号線に変わりました。
主要国道のために大型トレーラーなどのトラックが多く、スピードは80キロくらいで飛ばしています。
こんなのに跳ねられたらひとたまりもありません。
出来るだけ道路の右端を走りましたが、何回も水しぶきをかけられました。
中間くらいからペースが落ちてしまい、それまで前後していた井上君もしばらくすると見えなくなってしましました。
その後も数人に抜かれましたが、自分の力はこのようなものでしょう。
2日間が終わりましたが、まだまだ先が長いです。
記録は8時間20分44秒、7番目のゴールでした。(総合順位7位)

礁溪という町の中学校がゴールでしたが、そこからワゴン車でホテルまで送ってくれました。

晩御飯は大会中、自分で食べた2回を除いて台湾料理でした。
ホテル内で食べたり、外へ食べに行ったりですが、ほとんどを大会側が用意してくれました。
大会側が用意できなかった時は、食事代金の支給があって自由に食べることができます。
記憶では食事代金の支給が3回あったと思います。
この日はホテルから観光バスでレストランへ行き、豪華な台湾料理をいただきました。
 

「第3日目 4月1日 84.5Km
ホテルから歩いてスタート地点まで行きました。
けっこう遠くて15分くらい歩いたと思います。

この日も朝6時に礁溪の中学校前をスタートしました。
距離も長いですが、14日間の中で高低差が1番大きい区間です。
30Km過ぎまでほぼ平坦だったのですが、それからゴールまではアップダウンの連続でした。
標高差500mくらいの上り下りが3ヵ所、そのほかも小刻みなアップダウンが次々と現れます。
後半は雨になりましたが、毎日雨が降っているのでそんなに気にならなくなりました。
このあたりの国道9号線は、海岸線の絶壁をクネクネとカーブが多く、道路幅も狭くて片側1車線です。
 
そんなところを大型トレーラーや大型バス、トラックが頻繁に通ります。
台湾では土砂などを運ぶダンプカーのほとんどがトレーラーです。
そんな大型車が来ると、道路端を恐怖を感じながら走りました。
ここでも水しぶきをいっぱい浴びました。
後半に入ると下りと平坦なところは走りましたが、上りは走れなくなりました。
それと、昨年11月に痛め、12月はほとんど走れなかった右膝に痛みが出始めました。
大会はまだ序盤、この先が心配です。
この日の最後の下りが過ぎて平坦なところを5Kmくらい走って、秀林郷の和平という小さな町がゴールです。
ゴールは国道から300mくらい入った、この日に泊まるホテル前でした。
記録は9時間07分24秒、6番目のゴールでした。(総合順位6位)
 
毎回ですが、荷物は自分に割り当てられた部屋に運び入れてくれています。
ホテルに入ってまずはシャワーと洗濯をして、部屋内にロープを張って干します。
そうすると、ほとんどが翌朝までには十分乾きます。
雨の日が多かったのですぐに濡れてしまいますが、洗濯は毎日しました。
晩御飯は国道沿いにある台湾料理のレストランでした。
選手は2回に分かれて食べに行きました。

「第4日目」 4月2日 79Km
この日のコースはトンネルが多く、トンネル内やその前後に落石の危険があるということで、ヘルメットの着用が義務付けられています。
大会前日の説明会の時にいわれたのですが、中国語と英語の大会要項には書いてあったようです。
日本語に訳されたのを見ましたが、書き漏らしたようでした。
しかたがないので、NAMIさんと沖山さんの3個を陳さんにお願いして買ってきてもらいました。
 
ホテル前を6時にスタートしました。
天気は晴れたり曇ったりで、とても蒸し暑かったです。
2~3Kmを走ると汗が噴出してきました。
自分は暑さにはそんなに弱い方ではないと思うけど、発汗が多くて水分の補給が追い付かない。
そのため、暑い日のマラソンは水分補給に苦労する。
今回は常に500ccペットボトルを携帯し、こまめに補給した。
スタートから20Kmくらいまではトンネルが多く、10ヶ所くらいあったと思う。
トンネル内も片側1車線で歩道もなく、大型バスやトレーラーがひっきりなしに通る。
 

 
大型トレーラーなど通行量の違いますが、さくら道の御母衣ダム湖あたりの狭いトンネルに似ているところもありました。
トンネル区間を過ぎると、道路幅も広く片側3車線でほとんど平坦な直線道路がゴールの鳳林まで続きました。
2~3Kmの直線道路が多く、直線を過ぎカーブを曲がるとまた直線というのが何回も繰り返されます。
同じような単調なコースだとさらに疲れるような気がします。
エイドは10Km前後に設置されていますが、後半に入ると食欲も落ちてきます。
通過した花蓮は大きな街で飛行場もありました。
新城や鳳林も大きな街でした。
日本からの観光は、このあたりにはあまり来ないようです。

街の中に入ると人も多く、沿道や車の中から応援してくれます。
日本人とわかると「頑張って」と日本語で応援してくれる人もいました。
新城では、警察官が警官用スクーターで5Kmくらいを伴走してくれ、交差点で信号が赤になるとサイレンを鳴らして誘導をしてくれました。
この日も終盤になると雨に降られましたが、晴れて蒸し暑くなるより走りやすいように思います。
この日の距離は79Kmとなっていますが、実際は82~3Kmだったようです。
国道から外れて鳳林の市街地に入り、駅前にゴールしました。
記録は8時間33分51秒、4番目のゴールでした。(総合順位4位)

ゴール後も雨が降り続いています。
大会車両に分乗してホテルに入ります。
この日のホテルは小さな棟がいくつにも分かれたコテージ風のホテルで、食事はそのホテルのレストランでした。

明日も雨になりそうです。
カンカン照りよりはマシだと思いますが、土砂降りも嫌ですね。
右膝はこの日も痛かったけど、これ以上悪化しませんようにお願いします。

「第5日目」 4月3日 85Km
スタートが6時の時は4時に起きます。
起きてから着替えや荷物の片付けなどをしてから朝ごはんです。
パン2~3個と飲み物の日が多かったのですが、時々は朝食バイキングの時もありました。
この日はホテルのレストランでパンを食べましたが、前日までの記録が掲示されていました。
何と総合「第4位」になっていましたが、ちょっと出来すぎです。
 
まだまだ先が長いので順位や記録など気にせず、故障に気をつけて14日間完走を目標です。

ホテルから鳳林駅前まで大会車両に分乗して送ってもらいました。
スタートは6時でしたが、実際にスタートしたのは6時05分を過ぎていました。
ランナーそれぞれが個人用のGPSをスタート前に貸与されているので、記録は正確に計測されていると思います。
スタート時には強い雨が降っていて、その後も降り続き、60Km付近まで止みませんでした。
雨が止むと太陽が出てきて蒸し暑くなりました。
この日も50Kmくらいまでは無理せずマイペースで走れましたが、その後は疲れてペースダウン。
ラスト10Kmは足が止まってしまい、バテバテでのゴールです。
ゴールは池上牧野渡暇村といい、日本でいうと国民休暇村のようなところでした。
85Kmってほんとうに長いですね。
記録は8時間57分51秒、3番目のゴールでした。(総合順位4位)
 
この日のコースはほぼ平坦でしたが、2~3Kmの直線が多く単調でした。
長い直線が終わりカーブを曲がるとまた長い直線、そんなのが何回もありました。
台湾の主要道路は、ほんとうによく整備されています。
しかし、けっこう強い雨が降っていたので道路端は水たまりもありました。
今日1日だけ参加したランナー、雨の中を裸足で走っていました。
85Kmを10時間くらいでゴールしたと思いますが、すごいですね。

この日の晩御飯はホテル棟と別棟になったレストランでした。
料理は変わらず台湾料理でしたが、少し豪華だったような気がします。
 
もちろん台湾ビールもいただきました。

「第6日目」 4月4日 85Km
この日も6時のスタートです。
といっても実際にスタートしたのは6時05分くらいでした。
この大会は14日間フルに参加しているランナーがメインで進められていますが、1日だけ、2日間、3日間参加のランナーと一緒にスタートします。
この日はそんなランナーが20人くらいいました。
また関家さんがこの日から合流しました。
関家さんは招待選手で、この後も他のイベント参加のために走らない日があるとのことでした。
 
この日のコースは池上牧野渡暇村から金崙村美之濱温泉までの85Kmです。
小雨の中をスタートし、国道に出てからしばらく進むと長い直線道路になりました。
アップダウンもなくほとんどなく、20Kmくらいの直線でしたが、直線といえども3Kmくらいから先は全く見えません。
行けども行けども真っ直ぐで、嫌になるくらい長い直線でした。
 
雨も止み、その後は太陽が出てきて暑くなりました。
長い下りから平坦なところが続き、終盤に標高差200mくらいのアップダウンがありました。
暑さと疲れがあったとは思いますが、中間点あたりからペースが落ちて残り20Kmくらいから走れなくなってしまいました。
下り以外はほとんど歩いたと思います。
まだ6日目で、全行程の半分も来ていない。
右膝の痛みもあるし、残りのことを考えると不安がいっぱいです。
この日もたくさんの応援をしてもらいました。
 
台湾はロードバイクも多く、その人たちからも「加油!加油!」と声援を送ってくれます。
またスクーター型の二輪車でツーリングを楽しんでいる人も多かったです。
日本では考えられないほど、一般の人から応援をしてもらいました。
やっぱり応援は嬉しいですね。
国道から2Kmくらい入ったホテル前がゴールでした。
記録は9時間34分38秒、5番目のゴールでした。(総合順位4位)
 
ホテル前がゴールだと楽ですね。
そのまま部屋に入れるし、シャワーと洗濯がすぐにできます。
このホテルの建物はちょっと古かったですが、問題なく快適に過ごせました。
晩ご飯もホテル内のレストランで台湾料理でした。
 
翌日は14日間の中で1番長い93Kmで、アップダウンンもだいぶあるようです。
暑くならなければよいのですが、この日の後半の状態なら苦戦しそう。
翌日は距離も長いこともあり、スタートは5時です。
いつもより早いので、NAMIさんと相談して起床は3時過ぎにしました。

「第7日目」 4月5日 93Km
前半の最後の日です。
朝は3時に起き、いつものように荷物を片付けました。
昨夜は早く寝たのですが、体がしゃんとせずだるい感じでした。
疲れが出てきたのと慣れない生活のため寝不足や食事などで生活リズムが狂っているのでしょうね。
1時間早いスタートなので、睡眠時間が足りなかったのかもしれません。
朝食はバイキングだったと思います。

この日も1日だけ、2日間と3日間というランナーが何人かいました。
GPSを受け取り、5時にスタートしました。
まだ夜は明けていませんが、ライトがなくても特に問題もなく走れました。
太平洋から朝日が昇ってきました。
 
スタート直後から足が重たくペースが上がりません。
自分では1Km5分40~50秒で走っているつもりでも国道の距離表示でタイムを計ると6分10~20秒でした。
ところどころに短いアップダウンのある海岸沿いのコースを進みます。
太陽が上がってくると暑くなってきました。
海を見ても変化のない太平洋です。
ペースがますます落ちて30Km過ぎの上りが始まると右膝に痛みが出てきて走れなくなってしまいました。
この上りは標高差600m弱で、距離が10Kmあまりあって、歩いているととても長く感じました。
走って上るランナーも多く、この上りで何人も抜かれました。
 
上りの2時間近くエイドもありません。
やっと見つけた小さな店で水を買いました。
上りが終わる峠にエイドがあり、ここまで10Kmあまりすべてを歩いてしまいました。
下りに入っても膝が痛くて走れません。
リタイヤも考えましたが、痛み止めのロキソニンを服用するとゆっくりでも走れるようになりました。
次のエイドではチマキがとても美味しかったです。
 
その後も上りは歩き、下りと平坦なところは走るを繰り返し前に進みます。
この日は太陽が出て、今までの中で1番暑かったように思います。
2時間おきくらいにロキソニンを服用しながら暑さと痛さの中、苦戦しながら最長距離93Kmのゴールができました。
記録は11時間05分26秒、4番目のゴールでした。(総合順位3位)
とても苦戦したのでが、何と総合順位で3位に上がっていました。
この日までの男子の完走者は22人になりました。
ゴールは満州小墾丁渡暇村といい、とても広い敷地の施設でそのホテル前がゴールでした。
 
宿泊はホテルから300mくらい離れたコテージで、コテージでは1棟に5人で一緒に泊まりました。
晩ご飯は立派なホテルのレストランで、同じ台湾料理でも豪華なものでした。

この日で台湾一周の前半が終わりました。
足の裏には何ヶ所かのマメや爪の浮いたところもありますが、これはしかたのないことですね。
翌日からの後半も相変わらず厳しい距離が続きますが、膝痛やマメの痛さに負けないよう完走をめざして頑張ります。

「第8日目」 4月6日 84Km
コテージの2階で寝ましたが、夜中から雷と土砂降りの雨の音が大きく何回も目が覚めました。
寝不足もあり、連日の長い距離で疲れも大きく、寝起きから体がだるい。
また足裏のマメも徐々に大きくなって痛い。
スタートは元の時間に戻って6時、ホテル前からでした。
昨夜からの雨は降り続いて、スタート時もかなり降っていました。
スタート前からシューズはずぶ濡れ、嫌なスタートとなりました。

この日のコースは台湾最南端の岬近くまで行き、台湾島の東側から西側へ回ります。
これまでは太平洋側を南下しましたが、これからは中国側を北上します。
10Kmから20Kmくらいまで、岬付近の標高差100mあまりのアップダウンを除けば、後はほぼ平坦に近いようです。
10Km過ぎからの上りに入ると走れなくなり、歩きが入り始めました。
台湾の最南端付近は、サロマ湖のワッカのスケールを大きくしたような風景で、ゴルフ場のようなところもありました。
せっかくの景色ですが、雨と風が強くて視界が悪かったのは残念でした。
そのうち風雨も弱まりましたが、走りの方はさっぱりで後半はだいぶ歩きも入ってしまいました。
西側に行くと東側と比べて平地も多く、街の規模も大きくて住んでいる人も多いようです。
海岸線が多かったのですが、海は波も穏やかで東側にはなかった砂浜も多く見えました。
この日の84Kmは、全くダメでした。
言い訳はいっぱいあるのですが、参加者は同じ条件で走っているのですから言い訳はできませんね。
天気も悪いこともあったのですが、ゴールするころには薄暗くなっていました。

この日のゴールは枋寮という町の紫羅蘭旅館というモーテルでした。
日本でいうラブホテル風ですが、一般の人も多く泊まっているようです。
記録は10時間33分40秒、4番目のゴールでした。(総合順位4位)
 
記録は悪かったのですが、上位3人を除いて他の人も悪かったようです。

この日の晩ご飯は、食事代が支給され各自で食べることになっていました。
いつものようにシャワーと洗濯をしてから外に出て食べようかとも思いましたが、コンビニで巻き寿司とカップうどんなどを買ってきて部屋で食べました。
もちろん台湾ビールも買ってきました。
久しぶりの日本食を食べたような気がします。
足の裏のマメが酷くなってきて、ゴール後に歩くのがとても痛いです。

「第9日目」 4月7日 67.5Km
この日の距離はいつもと比べて短く67.5Kmです。
それでもやっぱり長いです。
6時スタートですので、いつものとおり4時に起きます。
朝起きてまずすることは両足のマメの手当と右膝のテーピングです。
マメもテーピングテープを2~3重に巻いて押さえます。
その後に朝食や荷物の片づけ、朝食など。
この日はホテルの食堂での簡単なビッフェスタイルだったと思います。

スタート時は薄暗かったのですが、すぐに明るくなってきました。
 
走り始めはマメが痛くてごくゆっくりしか走れません。
現在トップの井上君と台湾の2人が先行し、瞬く間にはるか彼方へ行き、そのうちに見えなくなってしまいました。
朝のうちは涼しくて走りやすかったけど、相変わらずペースが上がりませんでした。
スタートをしてから10Kmくらいまで横にパトカーをついてくれました。
ありがたいけど、慣れてないので気になりますね。
コースは橋を渡る時のアップダウンくらいで、ほぼ平坦でした。
パトカーが離れてしばらくすると、今度はロードバイク2台が伴走してくれました。
バイクは、交差点に差し掛かる誘導もしてくれ、安全を確保してくれました。
高雄市内に入ると一部の信号交差点を除いて、このバイクの人と警察官とで誘導はありがたかったです。
バイクの伴走は、この日のゴールまでの60Kmくらい、ずーっと続きました。
 
エイドの中には地元走友会が開設されているのもあって、とても歓迎してくれました。
主催者エイドにはない、地元のフルーツやスープ、麺類なども用意されていて、それがとても美味しかったです。
 
この日は、バイクの伴走のおかげでほとんど歩くこともなくゴールできました。
距離も短かったので、その分気楽に走れたように思います。
しかし、走っているときはとても長く感じました。
ゴールは国道沿いの、小さな倉庫前のようなところで、道路の反対側には岡山農工高校がありました
記録は7時間53分07秒、6番目のゴールでした。(総合順位4位)
 
高雄市は大きな町で、とても賑やかでした。
今回は観光する時間はないけど、次回来るときにはゆっくりしてみたいところですね。
宿泊は大型バスで市内中心部に戻り、繁華街に近い一流ホテルでした。
参加費でこのような一流ホテルに泊まれるって、ほんとうに嬉しいです。
晩ご飯は自由で、NAMIさん、関家さんと一緒に外へ出ました。
ちょうど「和民」があったので、日本的な料理が食べられるだろうと思いそこで食べました。
 

「第10日目」 4月8日 70Km
スタートは6時でしたが、高雄市内のホテルからスタート地点まで行くので集合は5時でした。
朝食はパン・ジュース・バナナでした。
それをホテルのロビーでもらい、部屋へ持ち帰って食べました。
真っ暗な中を大型バスで、昨日のゴール地点に向かいます。
ホテルから30分近くかかったと思います。
 
明るくなり始めた6時にスタートしました。
この日は70Km、80Kmを超える日とではは気分的に楽ですが、やはり長いです。
コースは大きなアップダウンもなく、ほぼ平坦に近いのに調子が悪くペースが上がりません。
精一杯走っているようでも1Km7分近くかかってしまいます。
朝のうちは涼しかったのですが、太陽が昇ってくると暑くなってきました。
それでも50Kmくらいまでは頑張って走ったのですが、50Kmを過ぎると歩きが入り始めました。
応援は多いし、警察官は交差点で赤信号でも車を止めて誘導してくれました。
頑張って走らなければと思うのですが、60Kmからは走れなくなりゴールまで歩いてしまいました。
膝の痛みや足裏の酷いマメもあるけど、それがすべての原因ではないと思うし、とにかく最悪の状態でした。
 
この日は台南市内や西港を過ぎて監水という町がゴールでしたが、コース沿いの街並みや景色をほとんど覚えていません。
記録は8時間51分52秒、6番目のゴールでした。(総合順位4位)
この日まで完走しているのは男子で19人になりました。
女子の沖山さんは、3日目くらいから股関節を痛めて厳しい状況で走っていましたが、残念ながらこの日にリタイヤしました。
 
宿泊ホテルは、この日もバスで30分くらいとところでした。
大きなお寺の敷地内にあって宿坊のような感じでしたが、部屋も広くてよかったです。
晩ご飯は台湾料理をいっぱいいただきました。
 
この日でやっと10日間が過ぎましたが、10日って短いようで1日1日が長く感じます。
残りがあと4日間、まだ4日もあるのですね。
1日が終わればほっとしますが、足のマメが痛くて朝起きてからシューズを履くのが恐怖です。

「第11日目」 4月9日  78Km
この日も3時半に起きました。
大型バスに乗り、5時にホテルを出発してスタート地点へ向かいます。
寝不足もあり、疲れはピークに来ているようです。
6時にスタートしましたが、足のマメが痛くてすぐには走れません。
最後尾をゆっくり進み、そのうち痛さが薄れてきて走れるようになってきます。

1Km7分くらいのペースで走っていましたが、半分の40Kmあたりにくると足に力が入らなくなりました。
しばらく歩いて走り出しましたが、すぐに走れなくなってしまいます。
歩きながら何回となく走り出してみるのですが、2~3歩走るのが精一杯でそれ以上走れません。
その後はすべてを歩きました。
制限時間内にゴールをと、必死に歩きました。
そのうち強風と雨が降ってきたので、スタッフからビニールカッパの配布があり、それを着ていても寒い。
雨は土砂降りになり、路面は川のようになっていました。
足裏のマメがしみて一歩一歩が痛くて辛い。
雨のため日暮れも早く、真っ暗な中を歩きました。
そして何とかゴール閉鎖時間内にゴールできました。
ゴールした状況などは全く覚えていません。
記録は11時間37分34秒、15番目のゴールでした。(総合順位4位)

この日は最悪で19人中15番目のゴールでしたが、走れなかったり、土砂降りの雨になったりと散々な結果でした。
後残りが3日、何とか最終日まで走りたいですね。
ホテルはとても豪華なモーテルです。
 
晩ご飯は歩いて行けるところのレストラン、歩いて行くのがとても苦痛でした。
もちろん台湾料理です。

「第12日目」 4月10日 63Km
この日は14日間の中で距離が1番短い63Kmです。
昨日の不調からスタートするまで不安がいっぱいでした。
足のマメはテーピングテープで固定しているが、シューズを履く時は声が出るくらい痛い。
残りは3日、何としても頑張らなくてはと荷物を片付け、ケースとバッグに詰めてスタート準備をする。
スタート場所に着くと、この日1日だけ走るという台湾在住の浅野さんとお会いしました。
浅野さんは日本のスポーツ用品メーカーへお勤め、台湾へ赴任して現在は家族と一緒に暮らしているそうです。
 
役所のようなところの前を6時にスタートしましたが、ほとんど最後尾からでした。
スタートはしたが、足に力が入らず歩くように前へ進みます。
そのうちマメの痛みが薄れてきて、少しづつ走れるようになってきた。
ペースが遅くても、このまま走れるところまでいき、走れなくなったら昨日のように歩こうと思いながら走った。

コースはほとんど北向き、この日は終始向かい風で10m前後は吹いていたように思います。
遅いペースながら、ほとんど歩くことなくゴールできました。
この日は63Kmと距離が短かったのも助かりましたね。
短いといっても63Kmは、ほんとうに長かったです。
ゴールは台中市の大甲駅前です。
記録は8時間30分32秒、8番目のゴールでした。(総合順位4位)
 
現在5位のランナーとの差が縮まってきましたが、気にせずとにかく完走です。

宿泊はこの日もモーテルでした。
晩ご飯は台湾料理でしたが、どこで食べたか思い出せません。
豪華なレストランだったような気がします。
 

「第13日目」 4月11日 77Km
朝、着替えてシューズを履く時、足が浮腫んでいるのかマメによる腫れか、いつもより窮屈に感じました。
そこでシューズに穴を開けることにしました。
両足の外側、小指のところをハサミで切って穴を開けました。
そうすると、いくらかは楽になったような気がします。
 
昨日ゴールした大甲駅に着き、駅の待合室でスタートまでゆっくりしていました。

私の穴の開けたシューズを見て、ゼッケン「3」台湾の楊さんが私にシューズをくれると言うのです。
自分が履いていた古いものだけど、スタッフに渡しておくからとのことでした。
ほんとうに親切ですね。
その時は、今日は穴の開けたシューズで走ると断りました。
結局、その日の夜にスタッフが部屋までそのシューズを持ってきてくれました。
アシックススカイセンサーで、まだ十分履けそうなものでした。
自分のは後2足の予備を持ってきていましたが、楊さんからいただいたのは26.5cmだったので、それを最終日に履きました。

5時30分に大中駅前をスタートしました。
ゆっくり走り出したのもかかわらず、とても体が重たくて呼吸が苦しい。
ペースが遅くても、お昼までの6時間で50Kmを走ることを目標としました。
そうすれば残りすべてを歩いても制限時間内にゴールできると思ったからです。
この日のコースの記憶は、広い国道の側道をずーっと走ったのと海岸沿いに数えきれないほどの風力発電の風車が並んでいたくらいです。
 
細かい風景は覚えていないし、見る余裕もなかったのです。
30Kmくらいでしたが、リタイヤした沖山さんが大会車両の中から声援を送ってくれました。
それまでもエイドやコース途中でも大きな声援を何回となく送ってくれていました。
 
車に停まってくれるように合図をして、沖山さんにレジ袋をもらいました。
左足裏のマメが痛かったので、ソックスの上からレジ袋を被せてシューズを履きました。
少し走り辛かったですが、痛みが和らぎました。

何とか50Kmまではと思いながら走っていたので、50Kmを過ぎると走れなくなってしまいました。
歩き始めてからも時々走ってみるのですが、2~3歩だけしか走れません。
それまでも小雨が降ったり止んだりでしたが、雨粒が大きくなり始めてました。
30Km近く歩きましたが、ゴールまで長くて辛い時間でした。
ゴール手前でNAMIさんが元気に追い越していき、雨の中をこの日に宿泊するモーテル横の空き地にゴールできました。
記録は10時間58分17秒、13番目のゴールでした。(総合順位4位)
この日の距離は77Kmとなっているが、ガーミンを持って走っていた人が79Kmだったと言ってました。
それにしてもこの距離を11時間かかったということは、大苦戦したことがよくわかります。

強い雨が降っていましたが、晩ご飯はスタッフの車に乗り、町中へ台湾料理を食べに行きました。
食事後は、マメの治療とマッサージをしてもらいました。
今回、マメの治療やマッサージなど医療スタッフの皆さんにはお世話になりました。
 
モーテルなので部屋から出ると濡れるし、足元もびちゃびちゃでマメに沁みる。
疲れているし足が痛いので、こんな時は外へ食べに行くよりホテルの部屋でゆっくり食べたいなあって思いました。

「第14日目最終日」 4月12日 69Km
いよいよ最終日になりました。
長かったような気もするし、また短かったような。
昨日も大苦戦でしたが、この日もそれ以上に厳しくなるだろうと思いますが、こうして外国まできて走れるってほんとうに幸せだと思います。
このことにも感謝しながらゴールをめざしたいです。

この日のスタートは少し変則で、13日までのトップの井上君と7位から後の人が4時30分にスタートし、2位から6位に5人が5時50分にスタートします。
これは、13日までのトータルタイムが1位と2位が1時間20分であり、この日早くゴールした人が優勝となります。
2位以下はこの時点で優勝は考えられないので、優勝は2人の争いです。
スタート時間が早いのは、ゴール後のセレモニーなどのためだと思います。
後のスタートする5人を除いて4時30分にスタートしていきました。
シューズをどうしようかなと迷いましたが、サイズの大きい陳さんからいただいたものを、同じように穴を開けて履くことにしました。
朝食は着替えた後、モーテルの事務所でハンバーガーとジュースです。
 
雨の中を5時50分を少し過ぎてから5人でスタートしましたが、4人はすぐに見えなくなり一人になりました。
緩やかな長い上りを走っていましたが、10Kmも行かないうちに走れなくなりました。
それから10Kmくらい歩いたと思います。
雨は強く降っていて、歩いていると寒いくらいでした。
歩いている時、残りの距離と時間を計算したらとても制限時間内にゴールすることができません。
歩いているとロードバイクの2人が付いてくれました。
それから残り10Kmくらいまでずーっと付いてくれました。
雨の中、ほんとうにありがたかったです。

下りにはいって、5~6歩走っては歩きを繰り返しているうちに少しづつ走れるようになってきました。
何回もアップダウンが続きましたが、上りは歩き下りは走ります。
ペースが遅かったですが、絶対にゴールすると思う執念で走っていたように思います。
40Kmを過ぎると10Kmあまりの長い下りになり、この下り入ると思い出したように快調に走れるようになりました。
長い下りが終わると残りが20Km、時間を考えると何となくゴールが見えてきたように思います。
しかし新北市街地入ると車の通行量も多く、信号待ちも多くなりました。
警察官がいてもこの通行量では信号どおりに進めるしかありません。
残り10Kmくらいからロードバイクの2人から伴走の2人に代わりました。

強い雨が降り続いていましたが、伴走してくれるとコースを間違うことがなく走れるのでほんとうに助かりました。
長い橋を渡り台北市に入ると残りが10Km足らず。

長くて遠かった1100Kmでしたが、ゴールが近いと思うと何ともいえない気持ちになりました。
士林を過ぎると、もうすぐゴールの東呉大学です。
込み上げてくるものもありましたが、雨で流されたと思います。
東呉大学構内に入り、間もなくスタートしたグランドが見えてきました。
13日間毎日ゴールした紫色のゴールゲートもあります。
たくさんの声援に迎えられました。
  
先にゴールしているNAMIさんや残念ながらリタイヤとなった沖山さんの顔も見えます。
そこでゴールかなと思いましたが、グランドを一周してからゴールでした。
ゆっくりグランドを一周しました。
何を考えて一周したかは忘れました。
とにかく嬉しかったので興奮していたのでしょうね。
そして最終日をゴールしました。
 
記録は9時間27分58秒、11番目のゴールで総合順位「第4位」でした。

「ゴール後」
たくさんの人に祝福していただきました。
NAMIさん、沖山さん、最後の伴走をしてくれた人、一緒に走った皆さん、スタッフの皆さん、応援に来てくれていた皆さんなどなど。
 
NAMIさんからビールをいただきました。
 
最終日は朝から強い雨が降り、途中弱くなったりしましたが1日中雨でした。
14日間の中でもこの日が一番厳しく苦戦したように思います。
序盤から走れなくなり歩いてしまいましたが、幸いにも途中から走ることができ、制限時間に1時間半くらいを残してゴールできました。
その結果、14日間の記録が130時間58分48秒で総合順位「第4位」になることができました。
これは前半が自分なりに走れたため貯金ができ、その効果が苦戦した後半をカバーしたようです。。
それにしてもこの結果は、ちょっと出来すぎのようにも思います。
第3位は最終日にシューズをいただいた楊さんが入りました。
楊さんとは12時間も開いており、5位の呉さんとは30分しかありませんでした。
もう1日あれば5位に落ちていましたね。

ゴール後は大学内でシャワーを浴び、着替えてから大学内の食堂でビールを飲みながら休憩しました。
その後、バスに乗って閉会式の会場である「剣澤青年活動中心」へ行った。
この夜の宿泊は閉会式の会場と一緒のだったので、よかったです。

「閉会式」

閉会式はとても華やかで盛大に開催されました。
主催者やスポンサーの挨拶の後、食事をしながら完走者の表彰が行われました。
完走者3~4人づつが壇上に呼ばれ、完走トロフィーと完走Tシャツを贈られました。
その後、完走者一人づつがコメントを言います。
 
コメントが長い人や短い人、それぞれが完走した思いを発表しました。
それを英語、中国語、日本語に通訳してくれました。
閉会式セレモニーが3時間くらい続き、この大会の幕が下ろされました。
 
第4位のトロフィーと完走Tシャツです。
 

「終わりに」
今回の「台湾一周ウルトラマラソン」ですが、結果的には「総合第4位」と自分では出来すぎの結果でした。
最初にも書きましたが、全く初めてのステージレースであり、1日平均約80Kmという長い距離、それを14日間続けるって、想像できませんでした。
何を準備したらよいのかもわからず、コノチャンやNAMIさんにいろいろ教えてもらいながらでした。
大会が近づいてくると緊張と不安が増してきましたが、なるようになるという開き直っての出発になりました。
大会が始まった初日の後半から雨になり、14日間のうち10日間が雨だったと思います。
ほんとうに雨が多かったという印象でした。
雨のため気温が上がらず、その方が助かったかも知れません。
前半の7日間は、ほぼ自分なりのペースで走ることができましたが、後半に入ってからは疲れと右膝の痛み、それから足のマメがひどくなり、連日苦戦しました。
特に11日目から最終日までの4日間は走ることができず、長い距離を歩くような状態になりました。
大会前からある程度の疲れや膝の痛みは予想していましたが、これほど酷くなるとは思いませんでした。
それから雨が多かったことが原因かも知れませんが、マメの悪化も想定外でした。
悪化したマメは化膿し、帰国してからも完治まで10日以上かかりました。
また昨年末から痛めていた右膝の故障は治らず、エントリーしていたその後のさくら道ネイチャーランや萩往還も参加できませんでした。

総合第4位という結果は、10日を終了した時点で今回第5位になった呉さんとの差が9時間ありました。
ところが終わってみると、その呉さんとの差が30分になっていました。
4日間でこれだけ縮まったということは、いかに走れなかったということでしょうね。
順位はともかく、あのような状態で自分でも「よく頑張った」と思います。
こうして完走できたのも、行きから帰りまで行動をともにしてくれたNAMIさんはじめ、走友の皆さんの応援、台湾の皆さんの支援、大会スタッフのお世話、一緒に走ったランナー、家族の理解などのおかげだと思います。
皆さんに心よりお礼を申し上げます。
2013年4月、自分にとって忘れることできない63才の春となりました。
「國際環台超級馬拉松賽」 INTERNATIONAL TOUR DE TAIWAN ULTRA-MARATHON
ほんとうにありがとうございました。

長い下手な完走記を読んでいただきありがとうごいました。
写真はNAMIさんからたくさんいただきました。